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草島進一の「持続可能な鶴岡」日記

kusajima.exblog.jp

現地の情報

草島です。朝取材をした後、
行革関連のPMフォーラムを終えて三条に戻りました。
今21時をまわったところ。燕三条の駅の車中からです。
三条のボラセンは完全にたちあがり、中の島のボラセンのたちあげに、今、力が注がれているところ。しかしながら、三条も中の島も今日の雨のため、避難勧告がだされたため、撤退、明日朝からの作業になるとのこと。特に中の島周辺は、水没している道路も多いため、三条周辺に待機するようにアドバイスをうけました。

庄内地方も立川三ケ沢あたりで浸水の被害がでているということで、今晩の雨の具合によっては、一度地元に戻ることも検討中です。

現在のところの有益情報リンク集です。

災害現場の簡易地図
http://www.gsi.go.jp/BOUSAI/16niigata/index.html

新潟県HP
http://www.pref.niigata.jp/

信濃川河川事務所(防災情報(気象、災害、交通)リンク集多数)
http://210.131.8.12/~shinano/0to24/bousai/index.html

三条市情報(画像、即時的な掲示板)
http://www.kenoh.com/index.html

NHK新潟(携帯からも→ http://k.nhk.jp/ )
http://www3.nhk.or.jp/saigai/index.html

新潟日報(地元新聞)
http://www.niigata-nippo.co.jp/index.html
# by stern888 | 2004-07-17 21:44

新潟水害

7月15日水曜日、みどりの会議の反省会にいくとき、三条市をとおる新幹線から、でっかい湖のようなものが見えた。水は引いていない。とにかく、メディアの情報はあてにならない。早く現場にはいらなければ と思いながら遠くに広がる茶色い水面をみつめた。
16日は、午前中議会だより編集委員会。午後から準備。諸々あって、夜出発。

17日、深夜午前2時。三条市にはいる。車でぐるりとまわってみる。家がつぶれている。たくさんの家財道具がすでに表にだされ乾かすのを待っていた。小雨がぱらついている。

ぐるりぐるりと街の状況をみながらしばらくして、偶然ながら、県民福祉センターというところに着いた。Kさんから、ボランティアセンターがたちあがった場所の名前だった、社会福祉協議会もあり、ここかと思った。
いってみると2人のちょうど僕と同年代ぐらいの社教の職員の方が膨大な物資を前にして迎えてくれた。
センターの中にはいってみて良く見てみると一部の床の一面が泥で茶色かった。そして、コピー機や、事務用デスク、椅子などが、積み上げられていた。「ここも水没したんです。私の車もここの駐車場においていたんですが、運転席の窓ぐらいまで水没で動きません。そういえば、さっき通ったコロナの会社の駐車場から、泥だらけの車が、つぎつぎと運搬車につまれていた。「5千台ぐらいはいっているんじゃないですかね」彼はいった。
 五十嵐川の決壊を予期する人は誰もいなかった。あれよあれよという間に決壊。100年に一度の洪水に備えるというダムが2つもあるのに、あのありさまだ。
 
その福祉センターには50名の避難民がいるのだと聞いた。「今日も、結構な雨が降って、その住民の間では、また、「きれた」とか、今度は上流部だとか、デマ情報もとびかって 結構おびえているんですよ。

なお、このセンターのま周辺には、パール勤続や「ムサシ」があり、当初から、ボートやキャンプ道具などの提供がおこなわれたそうで、このセンターの前にも、5艇ぐらいのゴムボートが積んで合った。 

車中泊。
朝、あけて、午前7時、Kさんからの電話でおきる。朝のうちに写真はとっておいたほうがいい。アドバイスをうけ、写真をとってまわる。決壊の現場を見ようと対岸に車をおいて歩くと、2人の中年女性が決壊した場所を指さしながら、話をしていた。「おはようございます」と話の輪にはいる。対岸すぐのところに暮らしていると聞いた。「いきなり水があがってね。上の方のくぼ地が危ないとかいって騒いでいたら、すぐに、あの部分がきれたのよ。もう、ものすごい波でこわかったよ」
とにかく音がすごかった。と、今でもまだ濁流色の茶色い五十嵐川を指さして話してくださった。
決壊してからは、一日中ヘリは飛んでくるし、マスコミのテレビはずっとはりついていてす大騒動だったと聞いた。

決壊の現場にいった。大きなナイロン袋につめられた土のうが数百つまれ、
その決壊現場から、100メートルぐらいにはひっくり返った車が砂で埋まっていたり、ぽつんと泥の真ん中に車や小屋が浮いているといった、状況。
そしてその周辺の家々は、地面から2メートルぐらいのところに泥の跡がついていた。「今のうちにだめになった家財道具をださなくちゃ」そうした家族たちによって懸命に、駄目になった家財道具が次々と表にだされている。

これは人手がいる。とても親戚縁者でできるお片づけではない。

かなりの長期戦だ。

今朝の新潟日報。「きょうも大雨恐れ」とある。被災現場にこれ以上の雨がふらないように祈る。また、村上、鶴岡は今激しい雨が降っているようだが、無事なことを祈る。

7時で、相当の人が動き始めていた。運良く今朝は小さな晴れ間がのぞいている。親戚の人、友人をかきあつめて、作業がおこなわれていた。

ボランティアセンターには、昨日、300名もの申し出があったそうだ。。素晴らしい。また、市民の新しい文化をはじめよう。新しい自分、新しい日本に出会える現場が動き始めた。
# by stern888 | 2004-07-17 21:14

BLOGを再新設しました。

草島BLOGを再び開始しました。以前とは違う社のものをつかっているので、まだ馴れませんが、よろしく。

昨日、7月13日は、議会では合併問題特別委員会がおこなわれ、地域審議会の件について、話し合いがもたれました。各会派代表が、検討結果を発表しましたが、
僕は、この地域審議会というのは、合併後、地域の声が反映されにくくなるおそれがあるということで設けられた地域審議会。最低限10年間はきちんと確保されるべきと主張しました。
  それと、6月25日におこなわれた合併協議会の前に、議長が議員定数検討委員会のメンバーを集めて新市名称をはなしあった件、草島「当局は何人たちあったのか」と尋ねると4名とのこと。公費で交通費が支払われていること、また、公費の職員がたちあっていることをかんがえれば、個人的な会合ではないことがわかるわけだ。
 こうした公の委員会が、堂々と非公開、秘密会、議事録なしのかたちでおこなわれていることは極めておかしいと思わざるを得ない。まさに、住民不在、はなはだしいことがおこなわれているといっていいだろう。

○選挙戦。参議院選挙
たくさんの方々にご支援いただきましたが、あと一歩及ばず残念な結果となりました。
※公職選挙法により、ホームページ上でお礼を申し上げることができません。
  何卒、ご理解下さいますよう、よろしくお願いします。
みどりの会議、惜しくも議席獲得ならず。20万票もの票をとった中村敦夫代表を当選させることができなかった。しかし、これからがまたスタート。総得票数:90万3,773票   得票率:1.6%
# by stern888 | 2004-07-14 10:30

21世紀にむけて。

A Happy New Year!!!
あけましておめでとうございます。

21世紀があけました。Stern 草島です。年越しは、羽黒山恒例の松例祭の火の神事を見、21世紀のカウントダウンは、近くの雪原で、親愛なる相棒と「こころ」のランプの火とともに、平和と自然と人間のつながりの再構築、そしてすべての組織に、仕事に「こころ」の再生を祈りました。
 
東北、山形、歌「雪の降る町を」の発祥地 鶴岡は、今、雪、外の気温は零度以下で道路はキンキンに凍っています。

元旦は、TMスキーで湯殿山へ。2時間かけて鳥居まで登り、仙人岳にむけて参拝しました。吹雪の中、足跡も全くない雪原に足を踏み入れるとき、少なからず自分の中のパイオニア(開拓者)のような思いが蘇ります。途中、吹雪が強くなり、何度も立ち止まりますが、でもゆっくりと、登っていきました。夏、車で行けば10分でいける車の車道が、除雪車の入らない冬はズボズボとスキーでも埋まりながら、一歩一歩、歩んでいかないといけません。でもしんとしずまりかえった静寂と、山道に沿って立ち並ぶブナ林の幹の美しさは、そうしてはじめて歩く時間の中でかみしめることができます。ひとりぼっちで登って疲れてくると、そうした美しい木々から、ささやかな応援をもらうことができるような気もしてきます。木々は静かにそこにあり、その間に自分が無理矢理分け入っているだけなのですが、何か、少し彼らと対話できたような、そんな気にもなってくるのです。途中、ボクのお気に入りの太い老木があります。その木を超えると、それからもう3回ほど右折すると鳥居がみえるところにいけるのでひとつの目安になっているのですが、今回、訪れると、枝が少しはらわれてかわいそうでした。
静けさの中で何かそうした木々が語りかけてくれているような気がするのです。
今回で冬ここをのぼるのは4回目です。いままで 2度鳥居までいっていますが、今回は、吹雪がすごかったのでとても苦戦しました。でも、真っ白な静寂の中、何か、ブレイクスルー(Breakthrough)する、新しい道を切り開く感覚を体感できたような気がしています。

これは、94年の夏に、釧路川を一人でカヌーで下った時にも得た感覚です。

これは実にささやかな冒険でしょうが、このような事を行う自由がボクらにはあるんですね。阪神大震災の際、神戸元気村でプロジェクトを展開していったときも、これに似た感覚だったかもしれません。

今までがどうだ、こうだでなく、未来を考え過ぎて臆病になるでなく、今。未来をみつめて必要だと感じた事、を一歩踏み出してみる。行動する。今を精一杯やる。動きながら探し求めると見えてくる。そして、サポートしてくれる人や物や金とのつながりが生まれていく。ビジョンが、一つ一つ実現にむけて動き出す。

そうした中で、何か、今までとは違った「豊かさ」というか幸福を見いだしているような気がします。物質ではなく、とても精神的な、充実感と、とても純粋な喜びです。その中で大きな金が生み出せるわけではありませんが、人間として、自信をとりもどしたり、真の仲間を得たり、何か計りしれないパワーを獲得できるのではないでしょうか。ボクは神戸で、そして、米国のNPOのインターンを通じて、このような喜びの中で、素晴らしい仕事をしている仲間達に出会いました。

ところで、湯殿山の登り口には、湯殿山ホテルというがあるんですが、ここの温泉がいいんです。雪まみれで冷たくなった体を、湯殿山のご神体から出るお湯に似た成分のお湯で暖める。そして風呂上がりに飲む水が美味い。まさに浄化される思いがする。とてもシンプルなのですが、何か、生まれ変わったような気がするのです。

21世紀、心ある人たちと一緒に、このような喜びとともに、新しい文化を創造し、時代を切り開いていきたいと思います。

今年は、巳年。私の干支でもありますが、次々と脱皮をし、成長していく。21世紀の時代の変動期、常にブレイクスルーしていく姿勢が求められている象徴ではないでしょうか。

20世紀の終わりに、ボクらの親愛なる先駆者が次々と亡くなりました。昨年は、諫早湾の山下弘文であり、そして、デビッドブラウアーです。双方とも、日本のテレビでは「2000年に逝く」特集にはでてきません。でもボクにとっては少なくとも、この20世紀のヒーローであり、米国のアクティビストの間では、最も尊敬をされていた2人でもあります。
2人のアクティビストが教えてくれたこと。「信じて行動することの尊さ」そして、ホンモノの「地球を愛する心」ではないでしょうか。又、スポーツや優れたジャズのインプロビゼーションを見て感激すると同様の、「人間の可能性」なのかもしれません。

今、日本では、「環境問題」は、ホンネとタテマエのところでふらふらしているように思えます。私たちは、もっと強く、はっきりと、意思表示しなくてはならないのではないでしょうか。ダムはムダだとみんな気がついているはずです。破壊してきた20世紀の反省をもとに、今、ボクラは、自然環境を RESTORE(再生)していかないといけないのです。

デビッドブラウアーや、山下さんのスピリットは、いつも、行動する私たちの胸にあります。行動すれば、彼らを思いを同じくする世界中の仲間が応援してくれます。

先日、未来学者 アルビン トフラー博士が、テレビ番組でインターネットの効用を論じた際、「21世紀は個人の時代であり、今は、インターネットを通じて、個人でも力をもてる時代」と称しました。まさに、インターネットは、私たちアクティビストにとって、最高に有効なツールであり、このツールこそ志をもつ市民のためのメディアであると信じています。

デビッドブラウアー氏や山下さんのスピリットをこうしたツールで正しく伝え、しっかりと次世代につないでいきたいと考えます。

勇気をもって、行動する世紀。私は、神戸で生かされたこの命と、そしてこの2年半とりくんできた水に関する問題を軸に、この21世紀、大いに前進をしていきたいと考えています。

とにかく、「信念に基づいて、はっきりと意思表示。そして行動!」

シエラクラブの代表のとき、税制面の優遇措置もそっちのけで、MISSIONであるダム反対を主張したデビッドブラウアー氏の志は、NPOの本来のあり方を私たちに学ばせてくれます。
彼の運動は、結局、全米のナショナルパークや、世界遺産制度をつくり、そして、ダム先進国だったアメリカに、ダム撤去の時代をつくりだしました。はじめ、それこそキチガイ扱いだった彼は次第に世に認められ、ノーベル平和賞にもノミネートされています。それを言えば、「沈黙の春」を書いたレイチェルカーソン女史も同様です。

昨年1年、とにかく行政と保守系議員などによるいろんな妨害にもめげず、必死で取り組んだ、鶴岡の広域水道の問題。「未来の子供達にとって、大切な水の問題。孫や子ども達のためにがんばろう」と、立ち上がった鶴岡市民1万2千もの「鶴岡の水道の住民投票を求める署名」は、市長によって「反社会的」などという意見がつけられ、自民、民主、公明、社民系議員達によって、ろくに議論も調査もおこなわれないまま、否決されました。(運動の全体像は昨年12月16日号の週刊金曜日に掲載されました。)

今年、山形県の庄内に、公益文化大学というのができるわけですが、
真の公益とは何でしょう。未来の子供達にとって、本当に有益なことを目指すのが「公益」ではないでしょうか。志ある市民の行動や活動を「反社会的」などと決めつける姿勢は、どうも、この「公益」や「市民活動」や「市民社会」を論ずる論点から完全にはずれているとしか思えません。

私は、少なくともNPOを運営する一人として、真の公益を論じていきたいし、鳩山由起夫氏も翻訳された「成長の限界」を認知し、人口減少の時代、どのようにまちをつくっていくか、何が真の豊かさなのか、何に金をかけ、何を削らないといけないのかを真剣に議論をしていきたいと思っています。もう、過去の既得権益や、利権に縛られて、未来に目を向けない悪循環を断ち切って、新しい再構築をしないといけないのではないでしょうか。

夢と希望をもって、行動する21世紀。官僚でなく、権力者でなく、市民であるボクラが、切り開く21世紀。日本のもつ文化、風土をしっかりと見つめながら新しい文化をつくっていく21世紀。みんなでやっていきたいものです。

まだまだ、足りないところばかりですが、何とぞ今後とも、ご指導、ご鞭撻の程、よろしくお願いいたします。

では、みなさまにとって、心豊かな出会いに満ちた1年、そしてよい100年でありますことを願いまして、新年のごあいさつとさせていただきます。
# by stern888 | 2001-01-01 16:22