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草島進一の「持続可能な鶴岡」日記

kusajima.exblog.jp

2011年 06月 13日 ( 1 )

名取へ

東日本大震災直後、3月12日から支援活動をおこなった名取市を久しぶりに訪れた。
死者900名、行方不明者100名。7千人の閖上地域を飲み込んだ津波の被害。当初一緒にはいったm君と、当初に一緒に炊き出しの鍋をつくった方々が住みはじめた仮設住宅住宅を訪れた。
というか、m君は初っ端から数えて15回ほど名取の第一中に通い続けていて、仲良くなった被災者の方に昨晩泊めていただいており、今朝合流したのだった。
今、ほとんどの方々がようやく仮設住宅に移っている。聞けば避難所は1箇所30名ぐらい残すのみとのこと。
当初にたった仮設住宅は鉄板の従来型仮設住宅住宅だったが、訪れた住宅は、木造で洒落た参画屋根の住宅だった。アスファルトシーリングで屋根をふいてあり、ほとんど木造でできているとのこと。S友林業さん製とか。
被災者の中には、せっかく抽選で当たったのに、旧来型の鉄板プレハブを拒否して出てしまった方もいるという話を聞いた。
できる限り旧来のコミュニティを大事にしつつ、仮設住宅にご近所と一緒にはいる仕組みにはなっているそうだ。それとともに、役600名の方々がアパート利用の「みなし仮設」を希望し入居しているとか。
これは今般新しい制度だ。
雑魚寝状態の避難所から仮設住宅に入居してほっとした方々はたくさんいる。
しかし、仮設住宅にはいると、避難所にいた時のように食事が無料で提供されることはなくなる。基本的に一部屋一部屋で自立した暮らしを営まないといけなくなる。
津波で財産を全て失ってしまった方々の中には、食費もままならない方々がいらっしゃる。食材を買うお金がどれだけあるか。巨大なショッピングセンターのとなりに建って「便利」と思える仮設住宅だが、こうした問題を抱えているのは事実。
入居された方からは「はじめは米10キロは、家電とともにいただいたよ」とのこと。
それはいいが、今後、どうなっていくか。
被災地の中には、仮設住宅移住後も弁当の支給をおこなっているところもあるようだとうかがった。
仮設住宅にはいってからも、ボランティアの支援活動などで注意深く被災者の方々の声に耳を傾けていくべきだと感じた。
m君とともに役所で市長を訪問。m君らと被災地を案内してうれた Aさんと昼食を食べた後別れ、閖上住民で、「ハマボウフウ 」の保全活動を展開している大橋さんとお会いす。環境教育関係者がみんな無事を案じていた大橋さんは奥様とともに健在で現在アパート暮らし。今週末の18、19日に第二回の全国の浜辺の環境保護のフォーラムの準備の最中とのこと。ハマボウフウ の保護活動は12年。会の仲間7人を今回の津波で失ってしまったそうだが、こんな時だからこそ会を開催なくてはと思いを語ってくださった。それとともに、仙台湾の植物や動物、鳥類などを記した絵巻を頂戴した。
その絵巻には仙台近郊の海の生き物たちが描かれていて改めてこの海の豊かさを知った。明治時代に大量にとれたヒラメからつくった笹かま。名物の赤貝。閖上朝市。
ハマボウフウ 、ハマナス 、ウンラン など。海浜植物。などなど。
南は相馬から、北は女川まであったが、これぞ、我々が今後とりもどさねばならない海の姿そのものだと感じた。
18日は、相馬で100日の鎮魂のための山伏柴燈祭に参加する予定だが、次の19日にぜひ訪れたいと感じている。
その後、名取市の元市議大田さんが代表の名取市災害支援センターへ。閖上朝市理事長も合流。諸々情報交換。閖上の被災者の方々への秋田、東鳴瀬村の手厚い支援など諸々聞かせていただく。
家屋や財産を、そして多くが身内の方々へを亡くしている閖上地域の方々のために、私たちができることはなんだろう。
先週の土曜日、山大と芸工大のスマイル10%ボランティアバスが名取市を訪れ、仮設住宅にグリーンカーテンの仕掛けをつけていってくれたそうで今日その成果を見ることが出来た。
まだまだ山形からやれることはある。








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by stern888 | 2011-06-13 21:46