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草島進一の「持続可能な鶴岡」日記

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本日より山伏修験

おはようございます。
本日より羽黒山伏 秋の峰に参加します。
期間中、携帯は使えません。御用のある方は0235-28-3338 カフェそらいへ
メッセージをいれてください。また、メールはsternkusajima@docomo.ne.jp
へお願いします。
 8月31日は、修行のクライマックスでもある「八朔祭」が羽黒山頂上の神社の界隈で夜10時からおこなわれます。ぜひおいでください。

それでは、山伏 進佑、いってきます。
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by stern888 | 2008-08-26 09:41 | 日記

県知事への質問と新しい治水の常識。


先般、知事との夢未来トークで僕が問うた内容を記す。以下のふたつだ。
● 慶応大学先端生命科学研究所誘致の見通し。

鶴岡市は、毎年3億1千5百万円、山形県は、3億8500万円、毎年、
合計で7億もの公費を研究費用として投じている先端生命科学研究所でありますが、これまで7年間。50億円以上の公費を投じている。他の研究機関などにいきますと「ちょっと異常なのでは」という声も聞いておりますが、
市民、県民への還元について、どのように考えているか。
バイオ産業の見通しを、知事はどう考えているか。

● 最上川について世界遺産の運動をおこなっていることを紹介しておられました。最上川の環境を考えるものとして、支流の最上小国川についてうかがいますが、先般朝日新聞7月17日に、元京都大学防災研究所長の河川工学者、権威でいらっしゃる今本先生という方が、「穴あきダムは、歴史的愚行に他ならない。」という論を提起し、まさに、山形県が主張する「穴あきダムは環境にやさしい」といった主張に対して反論を呈しています。
● また、河川の治水に対して、例えば、徹底的にダムに拠らない治水のあり方を議論している淀川の流域委員会に対して、最上川の流域委員会の議論は、あまりにも議論不足であり、その中で知事は判断してしまいました。

県が、自然資本の真の意味を踏まえ、代替案まで真摯に作成して真の治水を議論している滋賀県、嘉田知事の姿勢と比べ、あなたの姿勢は、もうしわけありませんが、改革派知事とはいいがたい状況であると思います。

まず、穴あきダムによって、破壊される清流の、まさに自然資本の経済的な損失について、知事はどのように考えているのでしょうか。また、世界遺産たる最上川の支流の治水対策について、ダムによらない真の治水策についてもっとしっかり議論すべきと思いますが、いかがでしょうか。

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と問うた。この根拠には、以下、朝日に紹介されているような、真の治水のあり方についての流域委員会の議論が、淀川と最上川で全く違うということだ。
そして元国土交通省の技官。宮本氏が真実の治水のあり方について提起されている。
こうした議論こそ、真の公益的な治水の議論だと思う。

以下 引用す。宮本氏に大きな拍手を送りたい。
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朝日新聞関西版 2008年08月20日

【なぜ、どうしてもダムなのか 〜宮本博司〜】

(1)住民無視 情けない

6月18日、淀川水系流域委員会と近畿地方整備局が関係正常化のためトップ会談し、宮本委員長(左)と谷本光司・河川部長(中)が会見に応じる。

 6月19日、会社で仕事をしていた私のところへ、新聞社から電話がかかってきた。「国交省が明日、流域委員会の最終意見が出るのを待たずに、4ダム建設を盛り込んだ計画案を発表するそうです」

 あぜん、とした。

 7年前、「住民の意見を河川計画に反映したい」と、住民の代表や学者らでつくる「淀川水系流域委員会」を作ったのは国土交通省だ。それが委員会の意見を無視して、一方的に計画案を発表するというのである。

 昨年8月に委員会が再開して以降、担当職員が委員の質問にまともに答えなかったり、黙り込んだりが繰り返されたあげくの見切り発車。憤りも通り越して情けなくなった。

◆かたくなな国交省

 私は元々、国交省の職員としてダム建設に携わってきた「ダム屋」である。流域委ができた当時は淀川河川事務所長。淀川の責任者として、琵琶湖や淀川をどう再生するのか、住人の安全を守るにはどんな方法がベストなのか、ダムは必要かどうか、流域委とキャッチボールを重ねた。一昨年に国交省を退職し、今度は一住民として淀川にかかわろうと、委員として話し合いに加わった。

 最初は、流域委も国交省も同じ認識だったのだ。

 「ダムは他に実行可能な方法がない場合に、環境影響について慎重に検討し実施する」。これは、04年に国交省が出した文書である。長良川河口堰(かこうぜき)建設に対する全国的な批判を契機に河川法が改正され流域委ができたのだから、効果もあるがマイナス面も大きいダムの建設はみんなで慎重に考えようというのは当たり前のことだった。

 だが流域委が「ダムは原則建設しない」と提言し、それを受けて05年、国交省が大戸川など2ダムの建設凍結を発表した後から流れが変わる。「川のことは国交省が一番よく知っている。本気でそこまで住民や学者の意見を聴くのか?」との反動だったのか。

 流域委は突然休止され、国が委員を選び直して再開。07年、大戸川ダム建設が復活。「何が何でもダムをつくる」とひた走る国交省と流域委の議論はかみ合わなかった。

 5月には「流域委は予算を使いすぎている」と審議打ち切りの話が出てきた。「なぜ、どうしてもダムを造りたいのか」と委員から疑問の声があがる中で打ち切りに向かっていった国交省は、どこまで本気で住民の意見を反映しようとしているのか。説明責任を放棄し、住民意見の反映を拒否したとみなされてもしかたがない。

◆600回開催の流域委

 だが「国交省が強引に進めると言ったからもうどうしようもない」と引き下がるわけにはいかない。ことは住民の命にかかわる問題なのだ。

 そのことを一体、どれくらいの方が認識しておられるだろう。

 もしかすると皆さんは、こんなふうに考えているのではないだろうか。

 「国交省には批判もあるが、これだけ治水事業をやって、たくさんダムも造ってきたおかげで、もう洪水で人がたくさん死ぬ心配はない」

 「ダムがいらないと言っている人たちは、人間の命より魚や鳥の命を優先しているのではないか。確かに自然環境も大事だが、人命より優先するものはない」

 こうした考えは、とんでもない誤解である。

 ダムにこだわる国交省の洪水対策のやり方を変えない限り、3年前に「カトリーナ」の上陸で1千人以上が亡くなったニューオーリンズの悲劇は他人事(ひとごと)ではない。

 流域委員会が600回の会合を重ね、調べ、話し合ってきたことを、改めてみなさんにお知らせしたい。そのうえで、果たしてどうしてもダムに頼らなければならないのか、他の道を探るべきか、考えていただければと思う。

     ◇

 みやもと・ひろし 京都市生まれ。78年に旧建設省に入省し、技官として河川行政一筋に取り組む。近畿地方整備局淀川河川事務所長、河川部長、本省河川局防災課長などを歴任後、06年に退職。淀川水系流域委員会に一市民として応募し、昨年8月、委員長に就任。

朝日新聞関西版 2008年08月22日

(3)悲劇 他人事でない

 3年前、アメリカのニューオーリンズにハリケーン「カトリーナ」が上陸した。


 ニューオーリンズはミシシッピ川とポンチャートレーン湖にはさまれている。町は、堤防の下7〜8メートルの低地に広がっている。

 この堤防が一気に決壊したから、たまらない。一瞬にして1千人を超える方が亡くなった。

 このニュースを見て、みなさんはどう思われただろう。「かわいそう」「大変なことが起きた」とは思っても、果たして自分たちにも同じことが起こりうると思った人が、どれくらいいるだろうか。

 ニューオーリンズの地形と大阪の地形を比べると、決して他人事(ひとごと)ではないのである。

◆大阪の地形は怖い

 もともと海の底だったところに土砂が堆積(たいせき)してできた土地に広がる大阪の町は、淀川の堤防のてっぺんから10メートル、大和川のてっぺんからは20メートル下にある。あの一気にやられたニューオーリンズの地形より、もっと怖い地形に大阪の町はできている。

 しかも大阪には地下鉄が走り、地下街が広がっている。国交省のシミュレーションによると、もし、JR京都線が淀川を渡る地点で淀川の左岸堤防が決壊したとすると、天神橋6丁目の地下鉄入り口から氾濫(はんらん)した水が流れ込み、約7時間で、大阪のすべての地下鉄、地下街が水没するという。堤防が決壊したときの深刻さは、ニューオリンズをはるかにしのぐことになる。

 だがどれだけの大阪の住民が、堤防が決壊し、押し寄せる氾濫流に自分が流されて死ぬおそれがあると思っているだろう。

 ニューオリンズでもカトリーナの上陸前夜、近づいてくるハリケーンで堤防が決壊し、その氾濫流にのみこまれて死ぬかもしれないと思ってベッドに入った人がいただろうか。誰もそんなことはあり得ないと思っていただろう。大災害は実際に起きて初めて、それが現実に起きるものだと実感させられるものなのだ。ニューオリンズの悲劇は決して他人事ではない。

◆たまたま被害なし

 でも、あなたはこう思うかもしれない。

 「そんなこといったって、日本ではこのところずっと、ニューオリンズみたいな大洪水は起きていないじゃない」

 日本でも、昭和20年代は台風がたくさん来て多くの方が亡くなった。昭和34年の伊勢湾台風は約5千人が犠牲となる惨事となった。だがその後、洪水による死者はぐんと減っている。自然災害で大勢の人が亡くなったといえば、阪神大震災が記憶に新しい。

 地震で人が亡くなることはあっても、治水対策が進んだ日本では、もはや水害で人が亡くなることはない……そんなふうに、たくさんの人が考えているかもしれない。

 だが本当にそうだろうか。

 これまで洪水氾濫が起きるたびに、堤防のかさ上げが繰り返されてきた。確かに10メートルもある堤防はなかなかあふれない。だがいったんあふれて堤防が壊れたら、その被害は、堤防が低かった時代とは比べ物にならないほど壊滅的なものになる。

 自然は人間の思い通りに治まってはくれない。私たちが自然から堤防決壊というしっぺ返しを受けるのは、50年後かもしれないが、明日かもしれない。たまたま、このところ淀川では、それほどの大雨が降っていないだけだ。

 そして恐ろしいことに、淀川をはじめ、日本のほとんどの川の堤防は頑丈そうに見えるがその実、非常にもろいのである。


(4)堤防は脆弱なまま

 みなさんは大きな川の堤防を見てどんな印象を持つだろう。草の茂った堤防は、まるで山のよう。いかにも頑丈に見えるのではないだろうか。

 山が頑丈なのは、表層の土をのぞけば中は岩だからである。一方、日本の堤防の多くは土砂を積み上げただけだ。

 信じられないかもしれないが、京都府を流れる木津川の堤防はほとんど砂でできている。海水浴で砂山を作った人なら、そのもろさが分かるだろう。そんな堤防のすぐそばに家が建ち、街がある。

 淀川はどうか。

 淀川の堤防は土。砂山ならぬ「土饅頭(まんじゅう)」。土は砂より粘りけがあるとはいえ、決して頑丈な山ではない。

◆想定外対策後回し

 こんな川に大雨が降ると、どうなるか。

 水がしみ込んだ堤防の強度は低下する。強い勢いで流れる水にも削られる。それだけで決壊することもある。なんとか持ちこたえても、いったん水流が堤防を乗り越えて流れ出すと、水は川の反対側の斜面をどんどんえぐり、決壊を引き起こす。

 こうして一気にあふれる水のエネルギーはすさまじい。

 4年前、兵庫県豊岡市で円山川の堤防が切れた。堤防を越えた水は反対側の地面を4〜5メートルえぐり、決壊。上流の出石川では、決壊地点近くに立っていた家が一気に300メートル流された。翌日に現場へ行った私は背筋が寒くなった。決壊だけは防がなければならない。仮に水があふれても、決壊しにくい「しぶとい」堤防でなければいけない。

 円山川では洪水の後、川と反対側の堤防斜面にブロックマットを敷いて上から土をかぶせた。これだけでも、あふれた水が堤防を削るのに抵抗できる。堤防をしぶとくする工夫は様々考えられる。

 なぜ、こうした当たり前の対策が行われてこなかったのだろう。

 これまでの洪水対策のやり方はこうだ。「ここまでの雨なら耐えられる川にする」と、まず雨の量を決める。次に、その水を「ダムでくい止める水」と「川に流す水」に分ける。その計算に従ってダムを造り、川では、想定した水位までは、水が流れる側の堤防をコンクリート護岸などで固める。

 だが想定を超える水が流れたときの対策は後回し。その時は「決壊してもやむを得ない」ということになる。

◆堤防強化タブーに

 いったん洪水になれば、最悪の場合は多くの命が奪われる。「やむを得ない」で済むはずはない。ところが国土交通省は、淀川において、自分たちが想定した水位を超えた水位を前提とした堤防の整備を行うことは考えていないと明言した。

 なぜ、こんなおかしなことになるのか。

 私もかつて国交省の職員として、雨を想定し、計算に基づいてダムを造ってきた。


 だが一方で、「人間の勝手な計算どおりに自然が従ってくれるはずはない」とも感じていた。だいたい、ダム建設には時間も金もかかる。いつになったら多くのダムを造りきって計画が完成するのか見通しは立たない。常に「計画中」「整備中」。そうしている間にもいつ大雨が降るかわからない。

 私以外にも、こうした疑問を口にする職員は少なくなかった。一部の川では、たとえ水が堤防を乗り越えても急激に決壊しないよう堤防強化が行われた。

 だが次第に、国交省でその議論はタブーになっていく。堤防強化を推し進めることは、それまで「必要だ」と言ってきたダムの必要性を否定しかねないからだ。その結果、日本の川の堤防は脆弱(ぜいじゃく)な「砂山」「土饅頭」のまま、強化対策は本格的に実施されていない。

 堤防決壊で住民の命が失われるのに有効な対策を行わない……それは、命をないがしろにする国の不作為ではないだろうか。

(前近畿地方整備局河川部長、淀川水系流域委員会委員)

(5)減災へ転換 実行を

 洪水から町を守るには、堤防強化や川底の掘削、ダム建設だけでよいのだろうか。


 大阪の町が「天井川」に挟まれた底にあり、大洪水に見舞われたニューオーリンズよりも危険な場所に位置していることはすでに紹介した。なぜこんなことになったのか。

 もともと、川は低いところを自由に流れていた。それでは人間にとって不都合なので、堤防を造って「あまり自由に流れてくれるな」と、川を固定した。

 川を固定すると、いろんなところであふれていた洪水のエネルギーが全部川に集まってくる。一方、住民は「堤防ができたから安心」と、川の近くに住み始める。そこへ未曽有の大雨が降り堤防が壊れる。これではいかんと、堤防をかさ上げする。今まで以上に洪水のエネルギーは川に集中。人々はもう安心と、さらに周囲に町を築く。そこへまた大雨。洪水。堤防をかさ上げ……この繰り返しがずっと続いてきたのだ。

 ◆堤防どんどん高く

 秀吉が淀川に最初に作った堤防の高さは2メートル程度だったと言われる。しょっちゅう水はあふれていただろう。だが周囲にはそんなに人も住んでおらず、たいしたことにはならなかったはずだ。それをどんどん高くして、現在は10メートル。そのすぐ横に、日本で最も密度の高い町ができている。10メートルの堤防はなかなかあふれないが、自然は人間の備えに応じて治まってくれるわけではない。もし壊れたら、町は一気にのみこまれる。のみこまれる町の一軒一軒には人が住んでいる。家族がいる。そして、この堤防は土でできている。

 とりあえずは堤防を強くしぶとくすることが必要だ。さらに、洪水を川の中に押し込める考え方を変えなければならない。川だけでなく、できるだけ流域の中で水をためる方向へ転換していかなければいけない。

 ◆昔は田に水を分散

 佐賀県の城原川には、「野越し」と呼ばれる工夫が残っている。所々でわざと堤防を低くして、そこから水が乗り越えても堤防が壊れないように堤防を強化している。洪水は、ある水かさまでは川の中を流れるが、それ以上になると一部を「野越し」から周りの田んぼに流してうまくエネルギーを分散している。昔からの知恵であろう。

 こういう、水がじわっとあふれる場所を地域に作る工夫を取り戻さなければならない。もちろん、他の所に比べて水がつきやすいわけだから、農地にするとか公共の公園にするとか土地利用を変えたり、その土地にかかる税負担を軽減したりするなど、ハード、ソフト様々な工夫をして、洪水エネルギーを流域全体で分散して受け止めていく。目先の対策の繰り返しでは危険は増すばかりだ。

 実はこのことは、国土交通省も十分認識している。

 98年度の重点施策では、災害発生を前提として被害を最小限にする「減災」への方向転換を打ち出し、「想定を超える洪水が生じても被害を最小限に食い止めるため、たとえ越水しても急激に破堤しない」堤防の強化対策への推進を掲げた。さらに00年の河川審議会答申では、川の氾濫(はんらん)を前提とした土地の利用方法や、建物の建て方も含めた治水対策への転換が示された。

 ところがその後、具体的な施策はいっこうに進まない。依然としてダムと川だけで洪水を処理する発想で計画が作られている。

 国交省自身が限界を認識し、方向転換をうたったのに、舵(かじ)を切ることができない。このままでは、住民の生命を乗せたタイタニック号の氷山への衝突は避けられない。

(前近畿地方整備局河川部長、淀川水系流域委員会委員)
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by stern888 | 2008-08-25 04:53

月山でのスクーリング。鎌田東二先生と

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京都造形芸術大学の月山でのスクーリング「環境文化論」の講師をつとめる。今回は22日から24日までの行程で約30名の方々が全国からこの講座にいらっしゃった。歴史遺産、写真、絵画、いろんな専攻の方々で、年齢もさまざま。僕は23日早朝から、羽黒山→月山山頂→湯殿山の山駆けのガイドと湯殿山ホテルでの講義を担当した。
 この講座も今年で5年目。午前中は晴れていたが、昼ごろから雨と風。なかなかタフなコンディション。多くはその中下山し、湯殿山の参拝まで。僕は最終尾で足が不調になった方に付き添いながら、降りてくると午後6時をまわっていた。その後、夕食をとりながら皆さんの感想に耳を傾ける。花はウメバチソウ、ハクサンフウロ、ハクサンシャジン、チングルマ、ハクサンイチゲ、ミヤマリンドウ、ニッコウキスゲ、などを見た。
 一人一人の様々な経験や境遇が、月山の山駆けの中で、試される。タフなコンディションだっただけに、自分自身としっかり向き合った人、一行の間での思いやりや絆、感謝の気持ちが増幅するような体験をされた方が多かったようだ。
 月山で足裏で山を感じながら、風にあおられ、霧にまかれる。雨風で寒い、少々つらい思いをする。湯殿に降りる急坂の金はしごを越える。最後は湯殿の赤い岩の前に立ち、そしてそれに登り、お湯を体感する。死と再生を疑似体験するには、天候に恵まれていたのではないか。とお伝えした。
 その後、9時から10時半ぐらいまで講義。柴燈祭、月山炎のまつり。神戸元気村、水問題。月山ダム、地下水問題、井戸つぶし、持続不能な社会から持続可能な社会へ。
スウェーデンでかいま見た社会のシステム。水の常識の違い。ナチュラルステップ。「地球を吹く」、自然資本。こんな流れか。鶴岡にご親類がいらっしゃるという生徒さんもいらして、「来るたびに、変化していて、、、」とお嘆きの様な声も受け止めた。
 これを企画して下さっているのは、宗教哲学者の鎌田東二先生である。先生とは神戸で出会い、月山炎のまつりの際に毎年おいでいただき、大変ご尽力いただき、様々な教えをいただいてきた。
先生は今年、「京都大学 こころの未来センター」の教授となられ、古神道や山伏文化などと、日本の古来の宗教や文化と環境の問題、こころの問題をリンクさせ、その解決の道を探るなど、とても貴重な研究をされていらっしゃる。
 
今後、また新たな連携をしていこうと、諸々お話ができた。またも感謝である。
 ありがとうございました。
 
 
 
 
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by stern888 | 2008-08-24 09:58

穴あきダム対決。ー朝日の論点より

本日の朝日新聞に穴あきダム賛成論者で、山形県最上町でもダム推進の集会で講演をしていた角氏の穴あきダム容認論が掲載されていた。
 以下、転載

_________________

穴あきダム 自然に近い利点を生かせ 

京都大准教授(水工水利学) 角 哲也

7月17日の「私の視点 ワイド」に今本博健氏の「穴あきダム 歴史的愚行
に他ならない」が掲載され、課題が多いと主張された。このダムは大きな洪水時のみ貯水し、ふだんは川の流れを変化させない形式である。河川上下流の生態系の連続性を維持し、流入する土砂をほとんどため込まないので埋まることが少なく、持続可能性が高い。
私は従来の「貯水型ダム」と異なる長所を持つダムとして理解を広め、治水対
策に有効に活用すべきだと考える。国土交通省は「流水型ダム」と呼ぶことを推奨して
いる。

流水型ダムの歴史は古く、18世紀にフランスのロワール川に縦スリット形式
の治水ダムが建設され、米国では80年以上前に誕生している。ライト兄弟の故郷であるオハイオ州デイトン市に建設されたダム群は、これまで1600回以上の洪水調節を行って市の発展に大きく貢献してきた。ダム下流を人工の淵のような水路構造とし、洪水時のダムからの放流水の勢いを抑えるとともに、平常時の川の流れをスムーズにし、魚の遡上や降下に効果を発揮している。洪水時に水がたまるダム上流の区域は80年の間に樹木が成長し、公園や野鳥保護区となって良好な環境が創造されている。
 今本氏は、日本の代表的な事例である島根県益田川ダムを取り上げて「土砂の
一部は流れずにたまる」「アユの遡上が阻害される」と指摘しているが、これら課題
は今後の改良で十分に解決できると私は考えている。

貯水型ダムでは流入土砂の大部分がダムに堆積する。一般に100年間にたま
る砂の量をあらかじめ計算して、大容量のダムが建設される。流水型ダムは流入した土砂を洪水時に自然に排出でき、鉄分など森林から供給される栄養分などもほとんど通過させる。流水型ダムも完成直後はある程度の土砂は堆積するが、それ以降は洪水時に土砂が順次入れかわって次第に流入と流出のバランスがとれる状態に近付くはずだ。益田川ダムは現在その途中段階にある。

益田川ダムは、ダム直下に副ダムと呼ばれる小さな堰堤を設置して洪水の勢い
を抑える方式を採用した。土砂や魚の通過を考慮して、これにスリットが設置さ
れている。
スリット幅が小さいと平常時も水流が速くなり、確かに魚にとってはやや厳し
い環境になるかもしれない。流水型ダムの流れの設計は今後の技術開発テーマであり、
米国の事例も参考に、より自然に近づける工夫が出来よう。

流水型ダムは、従来の貯水型ダムとは大きく異なる構造物である。常時は貯水
しないメリットを生かして新しい発想で取り組み、河川環境に適合した持続可能なダ
ムを目指すべきだ。
______________
 彼が反論した、今本先生。(先生は、一昨年、我々が招いて3回山形県最上小国川の現場にいらしていただき、新庄市などでのフォーラムで発言されている。)の論は以下だ。ーーー以下転載。
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朝日新聞 2008年7月17日 朝刊17面opinion

◆穴あきダム歴史的愚行に他ならない

いまもと  ひろたけ
今 本  博 健  元京都大防災研究所長

 ここ数年、従来の多目的ダム計画を、治水専用の「穴あきダム」に変更して推進しようとする動きが相次いでいる。国の直轄事業に限ると、淀川水系の大戸川ダム(滋賀県)や九州最大級の川辺川ダム(熊本県)など、地域の合意が得られていないダムを中心に、10件ほどを数える。補助事業を加えるともっと多く、長野県では前知事時代に「脱ダム」の象徴として中止が表明された浅川ダムが、穴あきで建設されようとしている。

 穴あきダムには多様な形態があるが、現在推進されているのは、ダム下部の河床近くに直径数㍍ほどの穴をあけておき、普段は川の水をためずにそのまま流し、洪水時は一時的に貯留するタイプのものだ。従来のダムからの変更が相次ぐ理由は、①水の需要が減ったため建設目的が治水専用になり、水を常時ためる必要がなくなった②穴あきにすれば環境悪化への社会的批判の高まりをかわすことができる、という点に集約される。

 私は河川エ学者として各地の住民から相談を受け、穴あきダムの実態を調べているが、いずれも「中途半端なダム」という印象をぬぐえない。

 まず、事業者がうたい文句にする「環境に優しい」は本当だろうか。普段は水をためないので、水がよどんでアオコが発生するようなことはないだろう。だが、①魚が穴を通ってダムの上下流を自由に遡上・降下できる②土砂がたまらない、とする主張は極めて疑わしい。

 国内の本格的な穴あきダムは2年前に完工した島根県の益田川ダムが最初だが、県が昨年公表した環境調査では、①アユの遡上が阻害されている②土砂の一部は流れずにたまる、などの点が明らかになった。

 私は何度か視察したが、穴あきダムは、魚が自由に行き来する単純な構造ではない。洪水時に勢いよく水が流れるのを食い止める構造物「減勢工」がダムの下流直下にあり、魚が上って行くには、減勢工などを通って穴に向かわなければならず、これらが障害になっている可能性がある。土砂も予想以上にダムに堆積しており、下流への砂の供給が減ると、砂の中に産卵する魚の生態に影響が出る恐れがある。こうした点が何も検証されていないのに「環境に優しい」と言えるのだろうか。

 治水についても、肝心の大洪水で役立たない恐れがある。特に洪水が間隔を置いて続くケースは危険だ。通常のダムは、職員がゲートを操作し、最初の洪水でたまった水を必死に放流して数日内に予想される次の洪水に備えるが、穴あきダムでは、小さな穴から自然に任せて少しずつしか放流できないため、最初の洪水を処理しきれないうちに次の洪水が押し寄せ、水がダムから一気にあふれて被害が拡大することが予想される。

 また、大雨で山腹が崩壊すれば、流木や岩が絡み合い、穴をふさいでしまう恐れもある。

 事業者は、穴あきダムを「逃け道」にして、ダム建設を強行しようとしている。だがそもそも、ダムに頼る治水は、計画を超える降雨があれば破綻する。いま急を要するのは、ダム神話の錯覚から目覚め、ダムに頼らない治水に転換することだ。

 堤防の補強に加え、はんらんした水を輪中堤などで制御する持続的な方法を併用し、さらには避難対策の整備や危険地域の開発規制など、実現可能な対策を着実に進めることが重要である。こうした転換期に穴あきダムを建設することは「歴史的愚行」に他ならない。

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どちらが、真の持続可能な社会の構想か。
目が曇っていないあなたの目でしっかりと見れば明らかなはずだ。

角氏の論には、相当無理があるし、自分の論の中で益田川ダムの欠陥について認めている。今後改善する、、でいいわけはない。

日本という国はこれまで何万本という川の命を殺してきた。益田川ダムについては、私も一昨年に訪れて映像を撮り、周辺住民に取材をしている。まず第一に建設中のほぼ10年ぐらい。川は濁り、全く魚の姿さえも見られない状態だったということ。
そして、第二に、益田川という川は、その隣にある高津川という清流に比べて、とても清流と呼べる川ではなかったということ。実際、高津川という川沿いにある織物工場の排水を、益田川に流していた。その工場排水をおこなう際に既に漁業権を失った川だと住民に聞いた。要するに、清流でもなければ、漁業権をもつ川でもない。そのような川で環境の影響があたかも、ないように論ずるのはあまりにもおかしい。
 今本先生がおっしゃるとおり、現場にいったわかったのは穴あきダムといえども巨大すぎるほどの構造物であり、ダムの上流部、ダム提のちかくには土砂が堆積しており、滞留した水は濁っていた。また、ダムの下流には副ダムが設けられており、それと本体ダムの間に土砂が貯まるような構造になっていた。現場の管理担当者は、「洪水があれば、そこに貯まっていた土砂やヘドロは流れます」と言っていたが、僕が「それじゃ洪水がなかったら、そこに土砂やヘドロは貯まるんですね」と尋ねたら、「はいそうなりますね」と応えた。更に、そのダムが出来る前の河川の鮎の数と、ダムができてからの鮎や川魚の数の推移について、また影響について尋ねると、「全くデータがありません」と応えた。「環境にやさしいダムの根拠は」と尋ねると、「このダムは環境にやさしい」ということでつくったものではありませんので」と応えた。
 つまり、「環境にやさしい」の根拠はどこにあるのか、さっぱりわからないのであった。
 山形県、最上町の場合は「日本一環境にやさしい穴あきダム」などとうたったチラシやパンフレットが最上町の住人に配布された。
 苦笑、爆笑するしかないが、根拠もなくそんな情報操作が平気でおこなわれている。それに飼い慣らされているような住民は情けなくもあるが、いまだに国土交通省や、御用学者いいなりで、全く議論らしい議論を拒みながら、とにかく情報操作を展開する最上町、山形県の姿勢というのは、ひどい。これは大いに批判しなければいけないし、それを主導している政治こそ変えなければならない。

 「歴史的愚行」によって、我々山形県随一の清流が、全国から年間3万人もの方々が鮎釣りに訪れる川が、天皇献上品の松原鮎の里が、県内唯一、安心して子供が遊び心洗う清流が、本当に失われていいのか。僕は問いかけたい。

 目先の利権で、持続可能な地域を育む自然資本、自然資源が失われるのはこりごりである。
 清流、最上小国川を穴あきダムの実験台にされるのはまっぴらごめんだ。

「角氏のように、この後に及んで持続不能な社会をつくりだす、御用学者は恥を知れ。」といいたいのだ。
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by stern888 | 2008-08-20 22:03

山形県知事ーー改革派とは、、、

本日、山形県知事と市民が語る「夢未来トーク庄内」というのがあって参加した。
参加者150人ぐらいだったろうか。何か、県職員、市職員などの顔が目立っていて、市民の参加の数が少ないように感じられた。そこで、2点、慶応大学の研究所の見通しと、最上小国川の穴あきダムの問題について質問をした。ーーー

県のプライマリーバランスを改善する姿勢や、情報公開度を高めたことの姿勢は認めるもののの、ディテールを見ていくと、今般の質問に対する応えも、嘉田知事などと比べると改革派知事とは言い難い」ということだ。
 その訳がわかる内容詳細は、後ほど。お楽しみに。
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by stern888 | 2008-08-18 11:23

バンド親友、鶴岡でライブ。

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午後から鶴岡ユースで、環境の集まりのミーティングでスウェーデンの体験を話す。様々な市民活動をやっている方々と共有できる貴重な機会だった。その後諸々ディスカッションの後、市内へ。
 今日は、中学、高校時代、一緒にバンドを組んでいた親友のギタリスト有地利之君のライブがCHICであり、演奏を聞きにいく。ほとんど10年ぶりぐらいで再会。彼お得意のセンシティブな演奏やギターを抱えソロをとる仕草をみながら、なんだか当時がよみがえってきた。かぐや姫の22歳の別れとか、よしだたくろうとか、ビートルズのWhile my guitar 、、、とか、よくやったなあ。彼は東京都内でライブ活動を展開中。アンビエントグルーブhttp://www.geocities.jp/ambientgroove_hp/
また来年も鶴岡でやってほしい。
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by stern888 | 2008-08-17 13:31

福岡正信さんが永眠。

わら一本の革命 自然農法を実践され、砂漠に種をまく仕事に
生涯をささげられた福岡正信さんがお亡くなりになった。95歳。

福岡さんといえば、98年、サンフランシスコ、バークレイに滞在していた時、日曜日のオークレイの港の近くで毎週のようにおこなわれていた、ワゴンが立ち並ぶオーガニックマーケットで、何人もの農業者の方から「お前は日本人か。福岡先生を知ってるか。僕は福岡さんの農法に惚れて、そのコンセプトでこんな野菜をつくってるんだ。」と声を何人かから、かけられた事を覚えている。

なかには、福岡さんのコンセプトを英訳して図にしたものをプリントしたTシャツを着ている人もいた。
 そのマーケットで売られている野菜は今でも印象が残っている。あるワゴンは、トマト専門。トマトだけで数十種類もあり、すべてオーガニック。それぞれ特徴があり、味が濃くておいしいトマトだった。フルーツも、野菜も、なかには虫食いもあるんだけれど、食べると実においしくて、それでいて、農業者の皆さんが、これはこうやってこんな哲学で、、、とストーリーを語るのだった。買いにくる人たちもいつも顔なじみみたいな感じで実にいい空間だった。
 あのサンフランシスコ周辺の有機農業者の皆さんにとって、日本人といえば、師の福岡さんだった。日本の有機農業者の皆さんにとってもきっと、そうだろう。
 「わら一本の革命」、もう一度読み直し、師の教えをかみしめたい。
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by stern888 | 2008-08-17 10:36

水害情報

今朝方の嵐で、庄内地方の一部で水害が発生した。
鶴岡管内では床下浸水3件ほど。藤島地区の一部で。と情報を得る。
今朝は雷の音で起きた。大きな音で連続した雷だった。
 藤島獅子踊りの周辺は守られたように、晴れが続いていた。
報道の情報で明らかにされたが、山形道ののり面崩落はびっくりした。

以下、山形新聞。
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庄内、最上で記録的大雨 国道47号、土砂崩れで一時通行止め
2008年08月15日 14:22
土砂が崩れ、一時全面通行止めとなった国道47号=15日午前9時7分、庄内町清川
土砂が崩れ、一時全面通行止めとなった国道47号=15日午前9時7分、庄内町清川
 前線が停滞した影響で、県内は14日夜から15日にかけて庄内や最上地方を中心に記録的な豪雨となり、幹線道路の通行止めや民家の床下浸水など被害が相次いだ。

 山形地方気象台によると、1時間雨量は、酒田市浜中で14日午後11時までに82ミリ、庄内町狩川で15日午前2時までに67.5ミリとなり、ともに統計開始以来最も多い記録的な大雨となった。14日に観測した日降水量についても、庄内町狩川は318ミリ、酒田市浜中が233ミリといずれも統計開始後最も多い値だった。

 県総合防災課などによると、15日午前11時現在、酒田市で民家1棟が床上浸水したほか、鶴岡、酒田両市と三川、庄内両町で民家計13棟の床下浸水が確認された。酒田市成沢では11世帯が自主避難した。民家以外の床下浸水は36棟。

 道路関係では、国道47号で、雨量が規制値を超えた戸沢村古口(猪之鼻−草薙間)と、土砂崩れがあった庄内町清川が全面通行止めとなったが、午前11時 15分にいずれも片側交互通行に切り替わった。国道344号の酒田市北青沢−真室川町高坂間は午前10時に全面通行止めの規制が解除された。国道112号は酒田市浜中で一時道路が冠水。酒田市地見興屋の県道大沼新田清川停車場線と、県道神田川口線の鮭川村向居−戸沢村松坂間は土砂流出などで全面通行止めとなった。戸沢村杉沢や鶴岡市大鳥でも村道や市道に土砂崩れの被害が出ている。

 東日本高速道路東北支社によると、15日午前1時35分ごろ、山形自動車道の庄内空港−酒田インターチェンジ(IC)間でのり面が崩落、土砂が上下線をふさぎ、正午現在も全面通行止めとなっている。

 JR東日本山形支店によると、羽越本線は雨量が規制値を超えたため、鶴岡−酒田間で運転を見合わせた。午前11時現在、特急いなほ上下計15本、普通列車上下計24本が運休した。

 陸羽西線は線路点検のため、終日運転を見合わせることを決めた。陸羽東線の新庄−鳴子温泉間は雨量が規制値を超え、正午現在も運行再開のめどは立っていない。奥羽本線の新庄−真室川間は午前10時に運転を再開した。
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by stern888 | 2008-08-15 16:25

藤島、獅子踊りに感動。

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昨日、親父の実家の谷地興屋にいって、本日10時半から獅子踊りの大地神社への奉納があるということで映像取材す。太鼓の音とともに、槍に先導されて神社敷地の中、整地された舞台にはいってきてから50分。ほとんど息つぎなしで、獅子が舞った。5体。首の振り方といい、くるくる回転する踊りの激しさといい、真剣を使った太刀まわりといい、子供たち演ずる若武者や花を頭につけ女装した子とのコラボレーションといい。実に素晴らしい。それに、よく、あんなはげしい踊りを続けて体力が続くもんだと思った。
 今日は荘内大祭でもあるので、ひととき役所や川端周辺で大名行列を見た。天気がもって良かった。川遊びは内川が増水のため中止で残念。夕暮れ近くになって、はたと思ってまたもう一度、獅子踊りを見に、親父を乗せて、藤島まで車を走らせる。
 夜、7時。5年ぶりに復活させた大川渡、谷地興屋伝統の獅子踊りのクライマックス。55分にわたる獅子踊りの演舞を撮影した、その日、神社への奉納と各個人宅へ出向いての演舞で計6回も踊るのだと聞いて驚いた。「あの格好をすれば人を超える。獅子の神様と一体化する。だから踊れるんだ」という声を聞いた。
 そして、終わって、汗だくの演舞者に近づく。特に中心で、真剣を使っての舞いを披露した彼は、20代、汗まみれの笑顔の顔。これまた実に神々しかった。「1ヶ月半、練習しました」と聞いた。彼を囲んで「よくやった」と激励する村の先輩方。 
 実にいいエネルギーを頂いた。感激した。ありがとう!
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by stern888 | 2008-08-15 00:42 |

月山 柴燈祭。


 
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8月13日、午後7時。月山山頂で護摩壇に灯がともされる。柴燈祭。その火は、月山に眠る先祖霊を下界に送る送り火でもある。一昔前、その頂上で柴燈がともされるとき、鶴岡をはじめ、周辺の町村部の至る所で、「迎え火」がともされていた。「お精霊さま、お精霊さま、こっちに来てござらんしょ」といって火をつけた茅や小枝をまわし、迎えていた」とのことでした。この日、8月13日、午後7時。50名をこえるぐらいの人が集い、神官の方々が祝詞を奏上し、柴燈執行。めらめらと燃え立つ炎。熱。ちょっと見渡すと、9合目、8合目の合わせ火が見え、鶴岡の灯り、新庄の灯りが見えました。(これは電気の灯りですが)。上には月。日が暮れる直前まで、まるで鳳凰のようなかたちの雲が、夕暮れの空にたたずんでいました。包み込まれるような三山拝詞。終わってから「ほいほい酒」、、、。今年でかれこれ8回目ぐらいでしょうか。いつ訪れても変わらず、神々しい祭りは続いているのです。合掌。

頂上小屋に泊まって早朝。一瞬の日の出。本宮祭を無事終えるあたりで雨。朝食の後、嵐の中下山。いつもこの日の山でご一緒する方らと、びしょぬれの体で月の山温泉へ。源泉最高。その後、ハーモニーパークのジンギスカンへ。戻って親父の実家へ。
 
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by stern888 | 2008-08-14 21:22