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草島進一の「持続可能な鶴岡」日記

kusajima.exblog.jp

穴あきダム対決。ー朝日の論点より

本日の朝日新聞に穴あきダム賛成論者で、山形県最上町でもダム推進の集会で講演をしていた角氏の穴あきダム容認論が掲載されていた。
 以下、転載

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穴あきダム 自然に近い利点を生かせ 

京都大准教授(水工水利学) 角 哲也

7月17日の「私の視点 ワイド」に今本博健氏の「穴あきダム 歴史的愚行
に他ならない」が掲載され、課題が多いと主張された。このダムは大きな洪水時のみ貯水し、ふだんは川の流れを変化させない形式である。河川上下流の生態系の連続性を維持し、流入する土砂をほとんどため込まないので埋まることが少なく、持続可能性が高い。
私は従来の「貯水型ダム」と異なる長所を持つダムとして理解を広め、治水対
策に有効に活用すべきだと考える。国土交通省は「流水型ダム」と呼ぶことを推奨して
いる。

流水型ダムの歴史は古く、18世紀にフランスのロワール川に縦スリット形式
の治水ダムが建設され、米国では80年以上前に誕生している。ライト兄弟の故郷であるオハイオ州デイトン市に建設されたダム群は、これまで1600回以上の洪水調節を行って市の発展に大きく貢献してきた。ダム下流を人工の淵のような水路構造とし、洪水時のダムからの放流水の勢いを抑えるとともに、平常時の川の流れをスムーズにし、魚の遡上や降下に効果を発揮している。洪水時に水がたまるダム上流の区域は80年の間に樹木が成長し、公園や野鳥保護区となって良好な環境が創造されている。
 今本氏は、日本の代表的な事例である島根県益田川ダムを取り上げて「土砂の
一部は流れずにたまる」「アユの遡上が阻害される」と指摘しているが、これら課題
は今後の改良で十分に解決できると私は考えている。

貯水型ダムでは流入土砂の大部分がダムに堆積する。一般に100年間にたま
る砂の量をあらかじめ計算して、大容量のダムが建設される。流水型ダムは流入した土砂を洪水時に自然に排出でき、鉄分など森林から供給される栄養分などもほとんど通過させる。流水型ダムも完成直後はある程度の土砂は堆積するが、それ以降は洪水時に土砂が順次入れかわって次第に流入と流出のバランスがとれる状態に近付くはずだ。益田川ダムは現在その途中段階にある。

益田川ダムは、ダム直下に副ダムと呼ばれる小さな堰堤を設置して洪水の勢い
を抑える方式を採用した。土砂や魚の通過を考慮して、これにスリットが設置さ
れている。
スリット幅が小さいと平常時も水流が速くなり、確かに魚にとってはやや厳し
い環境になるかもしれない。流水型ダムの流れの設計は今後の技術開発テーマであり、
米国の事例も参考に、より自然に近づける工夫が出来よう。

流水型ダムは、従来の貯水型ダムとは大きく異なる構造物である。常時は貯水
しないメリットを生かして新しい発想で取り組み、河川環境に適合した持続可能なダ
ムを目指すべきだ。
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 彼が反論した、今本先生。(先生は、一昨年、我々が招いて3回山形県最上小国川の現場にいらしていただき、新庄市などでのフォーラムで発言されている。)の論は以下だ。ーーー以下転載。
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朝日新聞 2008年7月17日 朝刊17面opinion

◆穴あきダム歴史的愚行に他ならない

いまもと  ひろたけ
今 本  博 健  元京都大防災研究所長

 ここ数年、従来の多目的ダム計画を、治水専用の「穴あきダム」に変更して推進しようとする動きが相次いでいる。国の直轄事業に限ると、淀川水系の大戸川ダム(滋賀県)や九州最大級の川辺川ダム(熊本県)など、地域の合意が得られていないダムを中心に、10件ほどを数える。補助事業を加えるともっと多く、長野県では前知事時代に「脱ダム」の象徴として中止が表明された浅川ダムが、穴あきで建設されようとしている。

 穴あきダムには多様な形態があるが、現在推進されているのは、ダム下部の河床近くに直径数㍍ほどの穴をあけておき、普段は川の水をためずにそのまま流し、洪水時は一時的に貯留するタイプのものだ。従来のダムからの変更が相次ぐ理由は、①水の需要が減ったため建設目的が治水専用になり、水を常時ためる必要がなくなった②穴あきにすれば環境悪化への社会的批判の高まりをかわすことができる、という点に集約される。

 私は河川エ学者として各地の住民から相談を受け、穴あきダムの実態を調べているが、いずれも「中途半端なダム」という印象をぬぐえない。

 まず、事業者がうたい文句にする「環境に優しい」は本当だろうか。普段は水をためないので、水がよどんでアオコが発生するようなことはないだろう。だが、①魚が穴を通ってダムの上下流を自由に遡上・降下できる②土砂がたまらない、とする主張は極めて疑わしい。

 国内の本格的な穴あきダムは2年前に完工した島根県の益田川ダムが最初だが、県が昨年公表した環境調査では、①アユの遡上が阻害されている②土砂の一部は流れずにたまる、などの点が明らかになった。

 私は何度か視察したが、穴あきダムは、魚が自由に行き来する単純な構造ではない。洪水時に勢いよく水が流れるのを食い止める構造物「減勢工」がダムの下流直下にあり、魚が上って行くには、減勢工などを通って穴に向かわなければならず、これらが障害になっている可能性がある。土砂も予想以上にダムに堆積しており、下流への砂の供給が減ると、砂の中に産卵する魚の生態に影響が出る恐れがある。こうした点が何も検証されていないのに「環境に優しい」と言えるのだろうか。

 治水についても、肝心の大洪水で役立たない恐れがある。特に洪水が間隔を置いて続くケースは危険だ。通常のダムは、職員がゲートを操作し、最初の洪水でたまった水を必死に放流して数日内に予想される次の洪水に備えるが、穴あきダムでは、小さな穴から自然に任せて少しずつしか放流できないため、最初の洪水を処理しきれないうちに次の洪水が押し寄せ、水がダムから一気にあふれて被害が拡大することが予想される。

 また、大雨で山腹が崩壊すれば、流木や岩が絡み合い、穴をふさいでしまう恐れもある。

 事業者は、穴あきダムを「逃け道」にして、ダム建設を強行しようとしている。だがそもそも、ダムに頼る治水は、計画を超える降雨があれば破綻する。いま急を要するのは、ダム神話の錯覚から目覚め、ダムに頼らない治水に転換することだ。

 堤防の補強に加え、はんらんした水を輪中堤などで制御する持続的な方法を併用し、さらには避難対策の整備や危険地域の開発規制など、実現可能な対策を着実に進めることが重要である。こうした転換期に穴あきダムを建設することは「歴史的愚行」に他ならない。

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どちらが、真の持続可能な社会の構想か。
目が曇っていないあなたの目でしっかりと見れば明らかなはずだ。

角氏の論には、相当無理があるし、自分の論の中で益田川ダムの欠陥について認めている。今後改善する、、でいいわけはない。

日本という国はこれまで何万本という川の命を殺してきた。益田川ダムについては、私も一昨年に訪れて映像を撮り、周辺住民に取材をしている。まず第一に建設中のほぼ10年ぐらい。川は濁り、全く魚の姿さえも見られない状態だったということ。
そして、第二に、益田川という川は、その隣にある高津川という清流に比べて、とても清流と呼べる川ではなかったということ。実際、高津川という川沿いにある織物工場の排水を、益田川に流していた。その工場排水をおこなう際に既に漁業権を失った川だと住民に聞いた。要するに、清流でもなければ、漁業権をもつ川でもない。そのような川で環境の影響があたかも、ないように論ずるのはあまりにもおかしい。
 今本先生がおっしゃるとおり、現場にいったわかったのは穴あきダムといえども巨大すぎるほどの構造物であり、ダムの上流部、ダム提のちかくには土砂が堆積しており、滞留した水は濁っていた。また、ダムの下流には副ダムが設けられており、それと本体ダムの間に土砂が貯まるような構造になっていた。現場の管理担当者は、「洪水があれば、そこに貯まっていた土砂やヘドロは流れます」と言っていたが、僕が「それじゃ洪水がなかったら、そこに土砂やヘドロは貯まるんですね」と尋ねたら、「はいそうなりますね」と応えた。更に、そのダムが出来る前の河川の鮎の数と、ダムができてからの鮎や川魚の数の推移について、また影響について尋ねると、「全くデータがありません」と応えた。「環境にやさしいダムの根拠は」と尋ねると、「このダムは環境にやさしい」ということでつくったものではありませんので」と応えた。
 つまり、「環境にやさしい」の根拠はどこにあるのか、さっぱりわからないのであった。
 山形県、最上町の場合は「日本一環境にやさしい穴あきダム」などとうたったチラシやパンフレットが最上町の住人に配布された。
 苦笑、爆笑するしかないが、根拠もなくそんな情報操作が平気でおこなわれている。それに飼い慣らされているような住民は情けなくもあるが、いまだに国土交通省や、御用学者いいなりで、全く議論らしい議論を拒みながら、とにかく情報操作を展開する最上町、山形県の姿勢というのは、ひどい。これは大いに批判しなければいけないし、それを主導している政治こそ変えなければならない。

 「歴史的愚行」によって、我々山形県随一の清流が、全国から年間3万人もの方々が鮎釣りに訪れる川が、天皇献上品の松原鮎の里が、県内唯一、安心して子供が遊び心洗う清流が、本当に失われていいのか。僕は問いかけたい。

 目先の利権で、持続可能な地域を育む自然資本、自然資源が失われるのはこりごりである。
 清流、最上小国川を穴あきダムの実験台にされるのはまっぴらごめんだ。

「角氏のように、この後に及んで持続不能な社会をつくりだす、御用学者は恥を知れ。」といいたいのだ。
by stern888 | 2008-08-20 22:03
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